店長ブログ (100件)

「業務メモ、見ました?」

2025年08月08日(金)19時
午前11時すぎ。
出先から事務所に戻ると、ちょっとした静けさがあった。
パソコンのファンの音と、給湯室から聞こえるケトルの湯沸かし音だけが場を支配していて、妙に落ち着く。

僕がデスクにバッグを置いた瞬間、奥の席から声が飛んできた。

「ゆる助くん、業務メモ……見ました?」

上司だった。
こっちはコーヒーでも淹れようかと思ってた矢先だったので、ちょっとドキッとする。

「え? あっ……はい。えっと……たぶん、見ましたよ?」

口ではそう言いながら、脳内では記憶をぐるぐる巻き戻していた。
朝、出勤してロッカー開けて、スマホいじって、それから……あ、そうだ。メモ帳は確かに開いた。でも、電話鳴って中断したんだった。

「あの"件"も、把握済みってことでいい?」

さっきよりも少し重低音でそう言われ、僕は思わず背筋を伸ばす。

「……あの“件”?……すみません、やっぱり、見てません……」

上司はふっと笑って、腕を組んだ。

「だろうね。見てたら、ニヤニヤしながら出勤してくるはずなんだよ」

そんなにヤバい内容だったのかと身構えると、
実はその業務メモには、こんな一文があったらしい。

『本日のやる気スイッチの位置:背中の右肩甲骨あたり(要マッサージ)』
『このスイッチを押せば、今日の稼働が+20%になる予定』

……なんていうか、業務なのか、健康診断のカルテなのか分からない。
僕は苦笑いしながら、「それ、業務メモっすか?」と問い返すと、上司は言った。

「心の業務も大事だよ。最近ちょっとピリついてたしね」

……うん。
思い当たるフシ、なくはない。

締切の多い週だったし、同業者への対応も立て込み気味だった。
知らず知らずのうちに、眉間に力が入ってたのかもしれない。

帰り際、業務メモの下の欄に、僕はそっと書き足した。

『上司のやる気スイッチ、明日は左肩側希望(右だと届かないので)』

次の日、そこにはしっかりとこう返事があった。

『押してくれる人、募集中(ご褒美あり)』

……その「ご褒美」、缶コーヒーだったけどね。
上司、ほんとブレない人だ。

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